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南浦和 和祥庵



茶の湯


なぜ茶道は日本の文化なのか

                デイビッド・ジョーンズ


茶道の体験を通じて、その中にある日本文化の様々な特徴を発見することができた。

私が感じたその最も大事な特徴とは、「清め」 「型」「静寂」そして、「寂び」「佗び」である。この五つの要素を論ずることにより、茶道は日本文化のもつ 最高の表現であるということを証明したいと思う。


まず、「清め」から述べたい。

日本についてよく表現される点は「清潔」であるという概念である。確かにこれは事実であるが、それは何故なのであろうか。思うに、恐らく日本文化とは、物質的な豊かさから精神的な豊かさへの上達を目指すものであるからであろう。つまり、物質が清潔でなければ、その”中身”も美しくないはずである。日本の二つの伝統宗教、即ち神道と仏教の神聖な場所に入る際には、我々人間は必ず水で汚れを落とし、心と身体を清める必要がある。この物質を清浄にするという行為の強調性は、茶道でよくみられる点である。例えば、茶を点てる際に、棗(なつめ)、茶杓、茶わん、順序よく客の前で清めていく。あらかじめ水屋で清潔にされた道具でさえ、客の前でまた改めて清めるのである。つまり、日本文化とは、物質の表面上の清潔さを清めるだけではなく、その物事の本質まで深く見つめ、その精神性まで深く追求しているのではない か、と考えるのである。


第二の特徴は「型」である。

事実、この点が茶道の最も際立った 特徴であると思う。襖を開ける動作、お辞儀や正座、そして、ゆっくりともぞもぞと座ったまま動いたり、帛紗(ふくさ)を器用に折ったりたたんだりする動きは私にとってとても興味深い 動作であった。また、 亭主と客が敬語で話すことも意外であった。この行為全てはとても複雑で手間や時間はかかるけれども、すればするほど、茶道の全ての行為について小さな感得があった。つまり、茶道の行為、例えば 点前の動き等は、確かに客を優遇するために行うものであるが、一 方では亭主自身の心を落ち着かせる目的を持つものだと思う。上述 の「清め」の説明と同様に、先ず形を整えたり、物質を清めたりする行為、つまり「型」から入ることによって、最終的にはその事象の本質、または心をうまく操ることができる。

茶道だけではなく、 全ての日本文化の根底には、行動や型の背景にはその精神が含まれている。

例えば、武道や生け花や書道にも全て「型」があるように、日本人にとって「型」とは、その本質を追究する為の一つの方法論 である。


第三の特徴として、茶道の「静寂」を挙げたい。私が日本語を習 い始めた頃からずっと感じていたことがある。それは、日本人との会話で静かな瞬間がよくあるということだ。それには様々な理由があると思うが、日本人の言葉を用いないコミュニ ケーションの表現 方法の一つであると思う。つまり、世界中の文化は大体同じように、 コミュニケーションの大半が言葉を必要としないことで起こってきた起源がある。日本人はこの事実を鋭く知っていて、この言葉を用いない表現方法を文化的な水準にまで高めたのである。確かに、茶を点てる時の会話は少なく、全てが敬語である。また、静寂が強調されると同時に、音も時折強調されている。例えば、帛紗を折るときの音や、お湯が沸く音、茶わんと茶筅(ちゃせん)が茶碗に当たる音や、建水(けんすい)の中にお湯を入れる音が全部はっきりと聞こえてきて、心に心地よく響いた。この心地よい響きは、茶道の独特の静寂があるからこそ聞こえてくるのである。


次に、「寂び」について述べたい。

私は外国人であるので、初めは この「寂び」の考え方が全く理解出来なかった。しかし、茶道における自然との関係を考えて行くうちに、次第に理解が深まってきた のである。茶道では、全てが自然の素材から作られた茶室、道具等 が用いられている。古い道具も大切に扱い、珍重する。もちろん、 自然の素材、例えば木製や布製、紙、藁などであれば、長い時間の経過とともに、間もなく古くなり枯れていくのは当然の事実である。 これは自然素材のもつ最大の問題点だと思われる。しかし古いものに美を見出す「寂び」の観点からすると 自然における欠点と老化とは、決して消極的な意味ではない。枯れるという当たり前の現象を 茶道で体得することにより、人間は自然に対して思いやりを持つことが できる。つまり、茶道を通じて人間と自然との和を感じられるともいえる。このような「寂び」の概念は、日本美学の根本的な理想である。茶道ではこの「寂び」の 考え方を最も積極的な意味と捉えている。従って、茶道は日本文化を純粋に表現するものとして位置付けられるのである。


「侘び」はまた「寂び」と同様に説明しにくい概念であるが、要するに、地味ななかに優雅さを感じる認識ではないかと考える。特に茶道の 道具のなかにこの概念が 実際に表現されていることが解った。茶道 の授業で、先生がある一つの茶碗を見せてくれた。その茶碗は黒くて地味で特に完壁に作られた器ではなかった。むしろ形 が少し非対称で傷があるように見られた。しかし、「侘び」の考え方には、完全 な 美しさよりも、少し物足りないような地味さ、その歪んだ形のな かに美を見出す特徴がある。ただの眼に見える美しさよりも、その茶碗が創られた工程、そして今ま で保存されてきた歴史に日本人は 美を感じるのである。物質の背景にある精神に目を向ける日本人。 たった十五回という少ない授業のなかで、お茶を飲んだり、点前を行ったりすることを通じて次第にこのような「侘び」の概念が理解 できるようになったと思う。


以上述べたように、茶道には、数え切れないほどの日本文化の特徴が含まれてい る。私は茶道の授業を通じて、茶道における「清め」「型」「静寂と音の強調」そ して「寂び」「侘び」直接的に体験することができた。このような実体験が、私の 日本文化の理解を一層深め たのである。

www.urasenke.or.jp  一席 より引用


剣禅茶一如



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